【極秘】
自己破産を妻に告げた、
あの夜の話
ブログには書けなかった、
今でも思い出せない本当のこと。
実際どのようにして
妻に自己破産を打ち明けたのか——
正直、覚えていません。
妻は当時、海外でボランティアを
していることが多くありました。
自己破産が決まるまで——
私は妻に相談しませんでした。
会社で部長をしていたので
生活は厳しかったですが
なんとか体面を保っていました。
しかし——
ブログでも書いたように
2回連続で保証人詐欺に騙され、
息子の学費が引き落とされずに
滞納していたこと。
これが重なって——
もう回せないという状態に
なってしまいました。
ここでまた借金を増やして
息子が卒業してしまえば、
息子の学費分を返済に回せるので
もう少し我慢しようかな——
そう思ったのも事実です。
しかし可能性はあるものの、
たまった学費は払わなければならず、
それを払い終えた後の生活も
やはり厳しいということで——
自己破産を決めました。
先ほど言ったように
妻は海外に出ることが多く——
あまりというか、まったく相談しなかったと
今考えると思います。
いつ、妻にどのように話したか——
正直なところ、年数が経って
覚えていないのか、
覚えていたくないので
記憶から消してしまったのか
はっきりしません。
本当に曖昧というか——
記憶がないというのが
事実のような気がします。
大変な内容を、妻にはずっと
隠していました。
もっと前に妻に相談して
働くことで返済を手伝ってもらえば——
もしかすると
自己破産までは
いかなかったかもしれません。
どうして自分だけで
解決しようとしていたのか。
プライドだったのか。
なんとかなるという甘さだったのか。
はっきりしない部分もあります。
けれども——
逃げていたというのも
事実かもしれません。
今書いているブログでは
そういったことへの対処法——
費用を見直して固定費を削減するなど
お伝えしていますが、
あの頃の自分は
全くできていなかったような気がします。
日々買うものの費用を落とすことは
わりと考えていました。
安いものや、修理できるものを
自分で直すなど——
ある意味、ケチってはいました。
でも——
根本的な解決はできていませんでした。
それがあったからこそ——
今のお金の問題について
ある程度お答えできるのだと思います。
あと考えられるのは——
子供たちのことで弱音を
吐けなかったということもあります。
妻がいない中で
2人の子供と生活し、
一人の子供が留学していたので
その支援もあり——
なんとか回そうと頑張った
ということもあります。
背景はこんなことだと思いますが——
実際妻にどのように話して、
その時の心境はどうだったか。
正直に言うと——
記憶から消えています。
覚えていたくなくて
消し去ってしまったのかもしれません。
しかし——
妻に打ち明けたのも事実ですし
自己破産も事実です。
どういうタイミングで
どのように打ち明けたのか——
何度考えても思い浮かびません。
確かに——
妻に打ち明ける恐怖心は
あったような気がします。
そして、しっかりと面と向かって
告げたような気がしません。
何かのタイミングで
さらっと言ったような気がします。
本当は怖くて怖くて
仕方なかった。
それで——
さらっと言ったような
そんな気がします。
妻は薄々知っていたのか——
大きく驚いたり
私を責めたりしませんでした。
それだけは
割とはっきり覚えています。
その後、妻は
何事もなかったように
付き合ってくれました。
それが——
逆に恐怖だったような気がします。
しかしその後——
私がネット上などで
少し大きなお金を動かそうとすると
必ず反対するようになり、
以前のようにお金を自由に使うことが
少し難しくなりました。
皆さんが望むような、
もっと深い心の動きを
お伝えできるとよかったのですが——
記憶が飛んでしまっていることで
正確な内容をお伝えできないことを
申し訳なく思います。
その後、手放した家と
会社が近いため——
何度もその前を通るたびに
「ここが自分の家だったんだ」と思いながら、
何とも言えない気持ちで
通り過ぎたことを覚えています。
庭に植えてあった
梅の木やぶどうの木も
すべて抜き取られて——
新しい環境になっていました。
仕方のないことではありますが——
その家の前を通ると
何だかセンチメンタルな気持ちになります。
ただ、結果的には——
妻が許してくれたことによって
今も夫婦でいられますし、
孫たちとの
幸せな時間をもらえていることも
事実です。
ここまで読んでくださり
ありがとうございます。
カズ爺